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永坂前副学長最終講義 概要

永坂鉃夫


私は、名古屋大学医学部卒業以来55年間、生理学の研究と教育に携わりました。その間、三人の偉大な恩師(御手洗玄洋、高木健太郎、L.D.カールソンの各先生)や多くの先輩・友人(海外ではM.キャバナック教授、H.ブリンネル博士など)に恵まれ、それなりの研究成果も世に問うことができました。また晩年は本学で、教育の難しさ、苦しさ、そして偶さかの喜びという「真の教育」を経験させていただき、とても嬉しく、深く感謝いたします。

高木健太郎先生のもとでは、文部教官助手としてずいぶんいろいろなことをいたしました。教室の運営だけでなく、協同研究や会議の多くに高木先生の代理として出席し、助手になって4年間これが自分の研究だと胸を張って言えるものがほとんどありませんでした。しかし、そのような協同研究で、人体には常識をはずれた反応や現象が数多く存在することを実感しました。たとえば、座禅中の高僧の呼吸が1分間にたった1回とか、寒い座禅堂に墨染めの衣一枚で瞑想中に全身汗びっしょりとか。教科書に書いてあることだけが真実ではないと知ったことも、その後の私の研究に大きく役立ちました。

カールソン先生のもとでは以下のような研究をしました。指を温水に浸けると、血流量は増えるが容積が減り指表面が皺になります。それは皮膚角質のケラチンが水を吸って膨らむからだと説明されていましたが、ケラチンの膨化より指の容積減少が主な原因だと判りました。未だにその原因を角質の膨化だけで説明している医学書がありますが、それは自分で実際に実験をし観察してないからだと思います。後年、指では動静脈吻合(AVA)というバイパス路を大部分の血液が流れ、毛細血管の内圧低下が起きる。それが容積減少の原因だと推測しました。

金沢大学での主な研究です。一般に皮膚の血流量はその温度に比例して増加するが、指や手掌、足底など毛がなく温熱性発汗をしない皮膚では、高体温の人に限り、高い皮膚温のとき血流量が却って減少することを見つけ「温熱皮膚血管収縮反応(HIVC)」と命名しました。このHIVC は毛のある皮膚では起きません。なぜか。その原因追究に寝食も忘れかけたのも懐かしい思い出です。「ヒトの選択的脳冷却」も長年フランス人のキャバナック教授やブリンネル博士らと一緒に研究し、その肯定派として国際的な論争にも加わり、ロマンが追え幸せでした。

恩師の高木健太郎先生は、研究者として成功するには「運・鈍・金・根・感」が大切だとよく言われました。私は「金」には全く縁がありませんでしたが、偉大な恩師や友人に恵まれるという「幸運」があり、「鈍」な田舎者で、牛のようにのろいがこの「根」だけは私の誇りであり、動物的な「感」も時には働いたかと思っています。若いときには研究その他で悩むこともありましたが、最終的に充実した研究生活が振り返られるのも、そういった支えがあったからであろうと感謝しています。

私の研究は、自然を丸ごと観察する立場に立ち、泥臭く、派手ではありませんでしたが、それで十分幸せでした。科学の研究とは、注意深く自然を観察する力と、洞察力を働かせてロマンを追うことであり、健全な頭脳の遊びだと思います。遊びである以上、研究が栄誉栄達を得るための手段であってはならず、いかなる結果にも自分で責任を負うという気概が大切だと感じています。

また、研究と教育は不離不即の関係にあり、しっかりした研究がなければよい教育はできません。さらに教育は、研究がロマンの追求であるのと同じく、「立派な人間を育てたい」というロマンを追うことでもあると思います。私にとって金城大学での13年間は、教育という場でこのロマンを追わせていただくことができ、大変楽しく、充実した毎日でした。このような場を与えて下さった関係各位、ご支援いただいた皆様に心から御礼申します。
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