活躍する同窓生活躍する同窓生

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Graduate26

 看護学部の1期生だった私たちには先輩がおらず、同級生たちと「頑張ろうね」と支え合いながら、手探り状態で実習や国家試験を乗り越えて来た感じがあります。私が看護師になろうと思ったのは、小学校1年生の時に祖母が入院して看護師さんに大変お世話になったことから、「看護師はすごい仕事だよ」と私に話してくれたことがきっかけでした。先生方の熱心な指導のおかげで国家試験にも合格し、幼い頃からの夢を実現することができたのです。

 現在は、松任キャンパスの隣にあって実習でもお世話になった、公立松任石川中央病院に勤務しています。実習で指導していただいた看護師さんの親切さや患者さんへの関わり方に憧れて、こちらで働きたいと思ったのです。私が所属する3階西病棟には、婦人科と乳腺外科、それに小児科の患者さんも入院されていますが、基本的には女性病棟で疾患はさまざまです。

 常に意識しているのは、笑顔で穏やかにゆっくり話すこと。普通にしゃべるとどうしても早口になってしまう性分なので、患者さんへの関わり方や話し方は先輩方を見習って伝わりやすく、わかりやすくを心掛けています。患者さんから「あなたが来てくれて良かった!」と言われた時は、こちらも嬉しい気持ちになりますね。これからも、長年の夢だった看護師の仕事を挫けることなく続けていきたいです。

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Graduate25

 私は、不安を和らげたり落ち着かせたりといった精神面のケアをする作業療法に興味があり、金城大学の作業療法学科を選びました。作業療法士に必須の国家試験に向けて、同級生たちとともに勉強に励んだ日々が思い出深いです。人生で一番勉強しましたから、合格する自信はありました。現在は、芳珠記念病院で地域包括ケア病棟の患者さんにリハビリテーションを行っています。病院内のキッチンやお風呂を使って料理や入浴の練習、掃除、洗濯など、生活に即したリハビリテーションが多いですね。

 これまでに担当したケースのなかで、脳出血で入院していた70代女性の患者さんが印象に残っています。3ヵ月にわたりリハビリテーションを行ったのですが、当初は歩行もおぼつかない状態だったのが、ご本人のやる気と努力で買い物や料理といった家事ができるところまで回復されました。ご本人はもちろん、旦那さんもとても喜んでいらしゃいました。

 リハビリテーションをするにあたって、患者さんの日常生活の中で何が必要なのか、何をどのように練習していくのか、効果的なプログラムを作成するのはとても難しいです。作業療法士として実際に働いてみて、国家試験の勉強より大変だと痛感しています。今後も知識と経験をどんどん吸収しながら、退院後の患者さんの生活を支えられるような作業療法士のプロを目指します。

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Graduate24

 私が中学生の頃、骨折した祖父がリハビリテーションを受けたことがあり、病院から持ち帰ったプログラムを見せてもらった時に初めて理学療法士という存在を知りました。「これができるようになった!」と楽しそうにしている祖父の様子から、自分もそんな仕事に携わりたいと思うようになりました。

 大学時代を振り返ると、3年次の臨床実習で初めて実際の患者さんを目の前にして、すごく緊張したのを思い出します。一番思い出深いのは、4年次の夏頃から本格的に取り組んだ国家試験の勉強ですね。友達同士で問題を出し合ったり、教え合ったりしながら楽しく学べたと思います。

 無事、国家試験に合格し、現在は理学療法士として地元の小松ソフィア病院に勤めています。入院患者さんの身体の状態を評価し、退院までにどうしていくかを患者さんと相談して、先輩にもアドバイスをもらいながら個々のプログラムを作成しています。初対面の時はぎこちなかった患者さんが、リハビリテーションを進めていくうちに笑顔が増え、「あなたの顔を見ると元気が出る」と言われたりすると、こちらも大きな励みになります。

 将来的には、訪問リハビリテーションにも興味があるので、患者さんの退院後の生活環境にも目を配りながら、トータルな支援ができる理学療法士になりたいです。

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Graduate23

 中学の職場体験で行った幼稚園の先生が、とてもキラキラと輝いて映って「こんな先生になりたい!」と思ったのが、幼児教育を志したきっかけです。「いしかわこども園」は、大学時代にアルバイトとしてお手伝いをしたことがあり、いい先生方ばかりで仲のいい雰囲気に憧れました。現在、保育教諭として持ち上がりで年長クラスを担任しています。

 当園の特長として、和太鼓演奏やフットサル教室、「ABC教室」などにも力を入れており、先日開催された「第71回 石川県公民館大会」のアトラクションで「子ども太鼓」を披露しました。教え子ながら、あんな大舞台で立派に演奏するなんて感心しきりです。和太鼓を通じて気持ちが一つになるというか、みんなやる気に満ちあふれていて、子どもたちの成長を感じることができました。

 子どもたちと遊ぶ時も話す時も、いつも心掛けているのは自分も子どもになることです。そうすることで、子どもたちも心を開いてくれるから。でも、子どもの気持ちに寄り添うって難しいですね。私自身、中学・高校とバレーボール部で体育会系というか、結構熱くなってしまうタイプなので…。子どもたちに自分の思いが伝わらず、どうしたらいいか悩むことも多々あります。まだまだ、ベテランの先生に助けていただきながらやっているところなので、早く一人でちゃんと全部できるように成長していきたいです。

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Graduate22

 大学時代の思い出は、キンボール部で大会に出場したことと卒業論文の作成を頑張ったことです。介護施設における介護職員の研修の必要性についてというテーマで、ゼミの先生のご指導を仰ぎながらアンケート調査に飛び回った日々が懐かしく思い出されます。

 私が金城大学に進学しようと思ったのは、社会福祉士と介護福祉士のダブルライセンスが取得できるから。中学生の頃、高齢者施設でデイサービスの職業体験をしたり、祖父の介護を手伝ったりしていて、当時から介護の仕事に興味を持っていました。現在勤めている「工房シティ」に就職したのは、3年次のソーシャルワーク実習で明るく楽しい職場の雰囲気がいいなと感じたからです。

 工房シティは障がい者の通所施設で、レクリエーションや入浴サービス、身体介助などだけではなく、タオルのパッケージングといった下請け作業を行って、一定のお給料を支給している点が特徴となっています。利用者と根気づよく関わりながら、ずっとできなかったことが、ある日できるようになる瞬間に立ち会えた時には、大きなやりがいを噛み締めています。とはいえ、利用者への寄り添い方や、それぞれの思いの折り合いのつけ方に悩むことも多く、まだまだ未熟だと感じています。これからも大学で学んだ広い視野を大切に、現場での経験を積み重ねていきたいと考えています。

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Graduate21

 小学生の頃、一緒に住んでいたお爺ちゃんが脳梗塞で倒れて、介護の手伝いをした経験から医療職に興味を持ちました。母が介護老人保健施設で栄養士の仕事をしているのですが、私が中学・高校の時に、その施設の作業療法士の方からお話を聞く機会があり、この道を具体的に意識するようになりました。

 大学時代を振り返ると、それまでとは全く違う専門的な科目の勉強が大変でした。特に、4年次の2ヵ月にわたる臨床実習では、実際にプログラムを考えて治療にあたり、経過を診ながら対応していくのが難しかったです。その経験が今の仕事に活かされていると思います。

 現在は急性期病棟で10人ほどの患者さんを担当しています。意識レベルが低く、言葉でのコミュニケーションが困難なケースもあり、バイタルサイン(脈拍、呼吸、体温、血圧など)のリスク管理に注意しながら治療を行っています。まだ一人で治療プログラムを考えるのは難しいところもあり、先輩方にアドバイスをもらうことも多いです。

 全然動かなかった手足が、自分で動かせるようになった患者さんから感謝の言葉をいただいた時には、大きなやりがいを感じます。これからも、患者さんとご家族の意見をしっかり聞いて、その目標に向けてアプローチできる作業療法士になれるよう、自分を磨いていきたいです。

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Graduate20

 私は幼稚園の頃から高校までバトントワリングの選手をしていたのですが、疲労骨折など頻繁にケガをしていて、しばしば整形外科のお世話になりました。それで、小学校5年の時には「理学療法士になる」と決心し、金城大学への入学を目指して遊学館高校に進学。バトントワリング部の厳しい練習で培った強い精神力があったからこそ、理学療法学科の勉強にもついていけたのだと思います。

 大学時代の一番の思い出は、楽しかったゼミの活動です。研究用の動物を飼っていたので、夏休みも毎日ゼミに通っていました。仲の良いメンバーたちとワイワイ・ガヤガヤ騒いでいたあの頃が懐かしいですね。私は国家試験の模試の成績があまりよくなかったのですが、ゼミの小島聖先生と仲間たちに支えられて無事、合格することができたのだと感謝しています。

 当院の特徴として、整形外科の患者さんが多く、一日に何件もオペ(手術)があります。そうした急性期の患者さんのリハビリテーションのほか、外来患者さんのリハビリテーションを主に担当しています。症状の原因を考え、それに対する治療プログラムを作るのが本当に難しいです。それでも、自分が考えたプログラムで患者さんがよくなった時は、努力が実を結んだと実感できます。急性期・回復期の治療経験を重ねて、将来的には維持期の患者さんのリハビリテーションに携わりたいです。

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Graduate19

 地元高岡市の老人保健施設で支援相談員として働いています。主な役割は、入所希望者とご家族へヒアリングをし、受け入れの可否を判断するための情報を収集することです。地域の病院や居宅ケアマネージャーからの連絡後、面談の場を設けて「リハビリテーションをして自宅に帰りたい」などのご要望をうかがいます。退所にあたっては、リハビリテーション部をはじめとする施設スタッフや、外部のサービス事業所の職員など他職種と協働し、退所後の安全な環境と体制を整えることも大事な役目です。

 このように、入所時と退所時に責任のある仕事を求められる支援相談員は、ある程度の実務経験が必要ですが、私自身の強い希望と職場の理解もあり、1年目から担当しています。時にコミュニケーションの難しさを感じつつも、大学での学びを福祉の現場で大いに役立てています。学習したこと以外では、先生から掛けられた言葉も私の支えとなっており、中でもゼミで指導していただいた岡村綾子先生からは、社会人として積極性や自信を持つことの大切さを教えていただきました。

 今は、利用者さんやご家族、施設のスタッフなどさまざまな人と関わり、いろいろな考えを吸収することが仕事の楽しさとなっています。これからもコミュニケーションの潤滑油とも言える笑顔と聞く姿勢を意識し、より広い視野で福祉の仕事を考えられるように成長を続けたいです。

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Graduate18

 高校時代、部活でケガをしたときにお世話になった理学療法士(PT)さんの姿を見て、PTの仕事を志すようになりました。理学療法学科は想像以上にテストや実技の回数が多く、とにかく忙しい4年間だった記憶があります。それでも先生方の熱心なご指導でPTの知識や技術を身につけ、国家試験でも先生の励ましの言葉に勇気付けられて、合格することができました。

 卒業後の4月から「石川県済生会金沢病院」のPTとして、現在は急性期の患者様を担当しています。1日に10人以上のリハビリテーションに関わるため、一人ひとりに十分な指導や対応ができているかどうか、不安を感じることもあります。幸い、先輩PTの皆さんがいつも優しく相談に乗ってくださるので、患者様との接し方などについてアドバイスをいただきながら、個々の状態に応じたリハビリテーションの提供を心がけています。

 現場に立つようになってから、PTの仕事で最も大切なことは、患者様との信頼関係を築くことだと感じています。心から納得して取り組むリハビリテーションは、体の速やかな回復を導くからです。患者様がその方らしい生活を取り戻すためのパートナーを目指して、これからも日々の業務に真剣に向き合い、経験を積んでいきたいです。

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Graduate17

 私は平成25年度に開設された作業療法学科の1期生です。福祉のさまざまな現場で活躍できる作業療法士(OT)にあこがれて選んだ新学科でしたが、4年間で学ぶ知識の量が多く、お手本になる先輩もいない状況で、毎日の授業についていくのは大変でした。学外での臨床実習の期間は、同級生と電話やLINEで励まし合ったことが思い出に残っています。

 その臨床実習でお世話になった施設が、現在の勤務先である七尾市の恵寿総合病院です。私の出身地の輪島市に近く、初めてリハビリテーションの現場を体験した場所で、OTのキャリアを積んでいきたい思いから、今年4月に就職しました。

 今は急性期病棟の患者様のリハビリテーションを担当しています。ケガや病気を発症したばかりの急性期は体の状態が刻一刻と変化するため、その様子に常に気を配りながら、適切なプログラムや目標を設定しなければなりません。ここでは頼れる先輩OTからアドバイスもいただいて、患者様の体をいたわりながら、機能回復に取り組んでいます。

 まだまだ日々の仕事で精一杯な私ですが、リハビリテーションに関わった患者様が回復して、「ありがとう」と笑顔で退院される姿に元気をもらっています。少しずつ経験を重ねて、幅広い疾患に対応できるOTになることが目標です。

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 福井市の「総合福祉施設あけぼの園」で、利用者の活動を手助けする生活支援員として勤務しています。当施設は障がいのある方を対象にした通所施設で、私たちは利用者一人ひとりの体調や気分に応じて、その日に取り組む活動や作業をサポートし、1日を楽しく過ごせるように努めています。

 大学時代は自分の人生を決めた有意義な4年間でした。私が社会福祉士の仕事の中でも、特に障がい者を支える現場で働きたいと考えるようになったのは、学外実習で実際に関わって、心が触れ合う喜びを感じたことがきっかけでした。資格試験では先生の言葉に支えられました。勉強がうまくいっていなくても、必ず学生の頑張りをほめてくださるのです。合格できたのは、そのような温かい励ましのおかげと感謝しています。

 卒業してすぐに当施設に勤務してから3年目を迎えます。利用者の中には自分の思いを外に表現することが苦手な方も少なくなく、私も勤務当初は関わり方に悩むこともありました。それでも「毎日の仕事で全力を出し切ろう」と決めて、利用者と真剣に向き合ううちに、次第に気持ちをくみ取れるようになってきたと感じています。今後ももっと勉強して、現場での経験も積み、皆さんに信頼される生活支援員になっていきたいです。

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Graduate15

 私は保育教諭として「粟津こども園」に勤務して2年目になります。こちらには、在学中から実習やボランティアでお世話になっており、当時から先生方の温かい雰囲気が大好きでした。「こんな職場で働きたい!」という希望が現実のものとなりうれしい限りです。

 金城大学での4年間で思い出深いのは、実習だけでなくボランティアでもいろいろな園を訪問し、多くの先生方や子どもたちと関わることができたことです。また、幼稚園教諭免許、保育士資格に加え、社会福祉士の国家資格を取得したこと。先生方や同級生たちと頑張った試験勉強がとても印象に残っています。

 保育教諭の仕事とは、保護者の代わりとなって就学前の子どもたちに愛情を注ぎ、遊びなどの活動を通してさまざまな経験を積ませることだと考えています。それぞれの子どもの発達段階にもよりますが、しっかりと歩けるようになったり、人前で堂々と話せるようになったりといった「成長の瞬間」に立ち会える喜び、やりがいは計り知れないものがあります。

 以前、私が担任するクラスに、ある施設に通っている子がいました。その施設の方や社会福祉士の方などさまざまな立場の担当者が集まる会議に出席する機会を得て、多方面からの情報交換や連携を模索したのです。実際に社会福祉士が保育の現場で果たす役割を目の当たりにすることができ、私自身にとっても大きな刺激となり、とても勉強になりました。

 仕事面で心がけているのは「笑顔」です。相手が大人であろうと子どもであろうと、笑顔のほうが話しやすいと思うので、常に笑顔でいたいと思っています。そうして、子どもたちや先生方からも、保護者の方々からも話しやすくて頼りにされる保育者になりたいです。将来的には、社会福祉士の資格を生かして、特別支援が必要な子どもに寄り添える保育者を目指していきます。

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Graduate14

 私が「理学療法士(PT)」になろうと思ったのは高校時代のこと。母と進路の話をしていてPTという職種のことを聞き、興味を持ったのがきっかけです。中学・高校とテニスをしていて身体を動かすことは好きだったので、自分に向いていると思いました。地元の金城大学に理学療法学科ができたのも、私にはもってこいでしたね。

 大学時代を振り返って思い出されるのは、勉強が大変だったこと。あんなに勉強ばかりしなければならないとは…。これまでの人生で一番勉強したと思います。その甲斐あって無事、国家試験にも合格でき、こうして理学療法士として働いています。

 私が勤める「やわたメディカルセンター」は、県内でもトップクラスのリハビリテーションを提供する病院として知られています。こちらに就職を決めたのは、大学4年次の臨床実習でお世話になった際、職場の雰囲気が良かったから。また、リハビリテーション施設・人員の規模が大きいので、いろいろな経験を通して成長できると考えたからです。

 私は現在、リハビリテーション技師部のPTとして、脳卒中などにより片麻痺を呈した方や骨折した方などの治療を担当しています。具体的には、装具(補助器具)を使用した歩行練習や筋力トレーニングなどを行い、自宅復帰や職場復帰に向けたお手伝いをしています。例えば、疾患名が同じでも機能低下の程度が異なっていたり、年齢や生活習慣が違ったりしますから、一人ひとりの患者さんに最適な介入方法を考えていく必要があります。

 人生の大先輩である患者さんへの接し方に、苦心する場面もあります。一日の仕事が終わる頃には心身ともにヘトヘトになりますが、患者さんからいただく「ありがとう」の言葉が私のモチベーションを上げてくれます。これからも、たくさんの経験を積んで幅広い疾患に対応できる理学療法士になることが当面の目標です。

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 私は現在、理学療法士として富山県にある「氷見市民病院」のリハビリテーション部に勤めています。2年目ということで慣れてはきましたが、まだまだ技術や知識が足りないと日々感じています。当院のリハビリテーション部は急性期、回復期、維持期すべての患者さんに対応しているのが特徴で、私は回復期の患者さんに理学療法を行っています。

 そもそも、理学療法士を目指そうと思ったきっかけは、高校時代に所属していたサッカー部の練習で手を骨折してしまい、整形外科に通院したことでした。その待合室でリハビリをしている患者さんを見て初めて興味を持ったのですが、当時はどのような職種があるのかさえ知りませんでした。

 金城大学では、テスト前や国家試験前にゼミで勉強したり、同級生たちと教え合ったりしたことが思い出深いです。また、臨床実習前に自分たちの知識を出し合い、みんなで学びを共有しながら「理学療法士」という同じ目標に向かって進んでいけたことが、いい思い出になっています。

 昨年、日本理学療法学術大会で、大学時代に行った卒業研究について発表する機会をいただきました。また、富山県の理学療法学会では、私が担当した患者さんの退院後の状況を調査した結果を発表させていただきました。臨床に出てみると大学時代にもっと勉強しておくべきだったと痛感しつつ、リハビリの技術や知識について先輩方に教えていただいたり、自問自答を繰り返しているところです。

 回復期から維持期に移った患者さんから、ありがとうの言葉をいただいたり、院内で挨拶されたりするだけでうれしくなります。患者さんが入院中に獲得したADL(日常生活動作)をうまく維持していることがわかるとモチベーションも上がります。これからも、いろいろな症例について経験を重ねながら、信頼される理学療法士に成長していきたいです。

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 私が福祉の道を志したのは、ケアマネージャーをしている母の背中を見ていて、ぼんやりと福祉で何かやってみたいと思ったからです。金城大学での4年間を振り返って真っ先に思い出すのは、やはり介護実習のこと。職員でもお客さんでもない「実習生」という立場で、それまでに体験したことのない情報の質と量に触れて、その環境に順応するだけでも大変でした。その分、実り多い経験ができましたし、自分の中で大きな転換点になったと思います。

 「城端うらら」では、明るく温かい雰囲気で、利用者さんが自宅のように過ごせる空間づくりを心掛けています。当施設にケアワーカーとして勤務して2年目。2交代制で利用者さんの寝起きや車いすへの移乗、食事、排泄、入浴などの介助に当たっています。認知症の方の場合、コミュニケーションがうまくいかないことも多々あります。それでも、「歸山さん、○○してくれる?」と頼まれたりすると、その方の生活というかコミュニケーションの輪の中に入れたのかなと、うれしさとやりがいを感じます。

 時には、利用者さんから恐がられたり、怒鳴られたりすることもあり、そんなときは気持ちが折れてしまいがちです。でも、利用者さんからすれば、自宅とは違う環境の中で、よく知らない人が踏み込んでくるわけですから、仕方がないと思い直します。そして、どうやって入り込もうかと考え直すのです。こちらのやり方を押し付けるのではなく、その人の生活の中に福祉がある。金城大学で学んだ理念の実践です。

 介護老人保健施設ということで、ご家族の方とのコミュニケーションも重要です。利用者さんやご家族のニーズに全て応えられるわけではありませんが、地域の病院や他の施設との連携を図りながら、介護の現場からコミュニティの福祉に貢献していきたいと考えています。

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 金城大学を卒業してから強く思うのは、社会福祉士の国家試験という一つの目標に向かって、友達とがむしゃらに勉強した時間はすごく大変でしたが、とてもいい時間だったということです。病院で働く人になりたいと思っていた私は、医療事務も社会福祉士の資格も取れる医療・福祉ビジネスコースを専攻。当初は医療事務を目指していたので、医療事務のアルバイトもしていました。

 そうした中で、医療事務は患者さんとのかかわりが比較的少ない仕事だなと実感しました。先生や看護師さんが患者さんと直接話して、いろいろな話を聞いて相談に乗っている姿がうらやましく感じられ、自分も患者さんと深くかかわって何かできる仕事に就きたいと思うようになったのです。

 現在、私は主に透析室でのヘルパー(看護補助)業務に従事しながら少しずつ医療ソーシャルワーカーとしての実践を行っています。看護師さんが患者さんとかかわりやすいように、諸々の準備を整えたり、透析患者さんの入れ替わりがスムーズにいくよう誘導したり、透析を終えた患者さんに昼食を配膳し、食事の介助をしたりしています。

 例えば、医療ソーシャルワーカーとして、入院患者さんが退院した後どうしようという話をするにしても、退院間際に「初めまして」と対面するのでは患者さんも話しにくいでしょう。患者さんが透析している空間に自分もいて、普段からかかわっている流れでいろいろな相談に乗れる環境がとても大切だと考えています。

 笑顔で患者さんに接して、笑顔で働きたいというのが一番にあります。そして、患者さんが不安に感じていることを理解して寄り添えるような、患者さんの心に一番近いスタッフでいられたらいいなと思います。まだ、目の前の仕事に追われている感じなので、早く理想像に近づけるよう頑張っていきたいです。

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 理学療法士として、「千木病院」リハビリテーション部に勤務して2年目になります。入院患者さんが一日でも早くご自宅に帰れるように、基本動作を中心とした理学療法を提供しています。今は35人の患者さんを受け持っており、お一人お一人に最適なメニューを作成し、退院後の生活を見据えたリハビリを行っています。

 幼い頃から医療の現場に興味があり、当初は看護師に憧れていました。その後、ある漫画で理学療法士の存在を知ったのがきっかけで、そういう仕事もいいなと思うようになったのです。金城大学・理学療法学科での4年間は、勉強はもちろん、小学校時代から続けているバスケットボールに、スポーツジムのアルバイトなど、本当に楽しく充実したものでした。

 一番の思い出は、オープンキャンパスの「キャンパスガイドリーダー」を4年間続けたことです。自分自身、看護師と理学療法士の間で迷ったこともあり、同じような高校生の相談に応えられればと思って活動していました。

 目指していた理学療法士になった現在、毎日の仕事はすごく楽しく充実しています。寝たきりや認知症などコミュニケーションが困難な方でも、かかわっていく中で表情が豊かになったりすると、良かったなと思うと同時にやりがいを感じます。

 その一方で自分の技術は、まだまだだなと痛感しています。そのため、仕事終わりや休日に、講習会や勉強会に参加するなどスキルアップに努めています。

 「千木病院」では在宅支援病棟を設けて、入院患者さんをご自宅に帰すリハビリを重点的に展開しています。この病棟ではスタッフ全員が在宅支援に積極的に取り組んでいるので、私も「在宅支援」に少しでも貢献できる理学療法士になれるよう努力をしていきます。

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 認知症の利用者さんが多い4階棟のスタッフとして、食事や入浴、排泄など日常生活の介助をしています。福久ケアセンターは大学の実習で一度、お世話になりました。とても雰囲気が良く、就活中はここで働くことしか考えていなかったほどです。

 入職してまだ1年も経っていませんが、利用者さんの笑顔や感謝の言葉を励みに頑張っています。そして、先輩方には時に優しく、時に厳しく指導していただいています。技術面はもちろん、仕事への取り組み方も見習うことばかりで、尊敬できる方々とともに働くことができることに喜びを感じています。

 勤務中に心掛けていることは、いつも笑顔で元気よく接することです。ただし、馴れ馴れしくならないように言葉遣いや態度には十分注意しています。利用者さんは人生の大先輩。そのことを自覚して尊重しなければなりません。もし、自分が両親を預けている身だとしたら、どう思うかを常に考えるようになりました。

 福祉関係の仕事に就いている私の親がいつも楽しそうに働いており、自然とこの分野に興味を持つようになりました。自他ともに認める明るい性格を活かすことができればと、福祉を専門的に学ぶことに。金城大学のオープンキャンパスに参加した際、先輩方が温かく迎えてくれたことは大変印象に残っています。

 大学時代の思い出を一つ挙げるとしたら、地域の高齢者の皆さんと交流した「ゆうがく広場」でしょうか。まとめ役を任され、司会進行や会場の盛り上げに徹しました。広場の活動を通して、多くの人とコミュニケーションが持てた経験は今も活きています。

 現在の目標は、ケアマネージャーの資格を取得することです。その先の夢は自分の施設を持つこと。いつまでも初心を忘れずに、笑顔で丁寧な仕事をし続けたいですね。

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 幼い頃から人を助ける仕事への憧れはあったものの、具体的にどうすれば良いか分かりませんでした。そのような中で医療福祉関係の仕事の母と姉から理学療法士になることを勧められ、さらに金城大学に専門の学科があることも教えてもらいました。私も何か資格を持って社会に出たいと考えていたので、受験を決意しました。

 理学療法士となることに、まだ悩みがあったのでしょう。実は大学在学中に受けた国家試験ではわずか数点足らず、あえなく涙をのむことに。結果は残念でしたが、「この道に進みたい」と気持ちが固まりました。

 その後、周りの支えもあって無事に資格を取得し、今は働く場があることや誰かに必要とされることに心から喜びを感じています。この病院は実家から近くて学生時代の実習でもお世話になりました。だから、仕事の流れへの理解は早かったと思いますし、先輩方ともすぐに馴染むことができました。ワークライフバランスを取れる職場で本当に雰囲気もよく、女性でも働きやすい環境が自慢です。

 リハビリテーションのメニューは患者さんの症状によって異なります。現場では常に考え、勉強する毎日です。患者さんの中には治療に対するモチベーションがなかなか上がらない方もいます。その時は少しでも心が元気になるようにと積極的に話しかけるようにしています。気持ちを明るくしてから、理学療法を始めるのです。無理に動いてもらうより、まずは相手の気持ちを汲むことが大切だと考えています。

 大学時代の友人の多くは金沢の病院や施設で頑張っています。私は過疎化や高齢化が進む能登で自分にできることを模索しながら、挑戦する道を選びました。これからも患者さんから多くを学び、プロとして必要な技術を磨き、人の心を元気にできる理学療法士になりたいです。

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 大学卒業後、4月からみはる幼稚園(金沢市)で働いています。日中は元気いっぱいな子どもたちと一緒に歌い、絵を描き、外で遊び、子どもたちを送った後は保育日誌、明日の準備をこなすなど充実した日々を過ごしています。

 小さな頃通っていた保育園の先生が大好きで、大人になった今でもほめられたことや叱られたことを鮮明に覚えているほどです。いつかは幼児教育に携わることを夢見て勉強を続けてきました。

 憧れの職業に就くことができたのは、金城大学で多くを学んだからです。熱心な先生や良い仲間と過ごす日々の中で、保育への考え方を深めることができました。今も子どもを「楽しませること」よりも「一緒に楽しむこと」を意識しながら、日々の仕事に取り組んでいます。

 個性の異なる子どもたちに、こちらの思いを伝える時は本当に苦労します。それでも一人ひとりとじっくり向き合って、園児や保護者の方たちと信頼関係を築くことができた時はうれしいですね。

 私たちが思っている以上に、子どもは大人のことをよく見ていると気づかされることもあります。仕事で疲れていた私を励ましたかったのでしょうか、ある日突然、子どもからいきなり好意を伝える手紙をもらったことがあります。涙が出るほどうれしかったですね。この手紙は私の宝物です。

 これから仕事を続ける上で目指すべきイメージは明確に定まっていません。きっと答えは無いのかなとも思っています。だから笑顔を忘れずに、教室でベストを尽くすことだけを心掛けています。年の近いスタッフも多く、職場の雰囲気は和やかです。先輩方からは「新人のうちに失敗しておけばいいよ」と温かい言葉を掛けていただいたこともあります。このような恵まれた環境で社会人のスタートを切れたことに大変満足しています。

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 勤務する病院では、主に脳血管疾患で片麻痺となった患者さんの急性期及び回復期リハビリテーションに携わり、その社会復帰を手伝っています。

 理学療法士は関わる方々の生活に直結する仕事だと認識しています。だからこそ、治療の経過や回復具合、退院後の生活などを考慮し、一人ひとりに合った理学療法プログラムを進めることが大切です。

 患者さんの中には入院した現状を受け入れられず、心理的にふさぎ込んでいる方も少なくありません。その場合は、いつも以上になぜこの治療が必要かを丁寧に説明し、前向きな気持ちで取り組んでもらうように努めています。

 中学校の部活で怪我をして理学療法士にお世話になってから、将来の仕事として考え始めました。大学では専門的な知識の習得以外にも、実習やクラブ活動でさまざまな経験を積むことができました。他の施設で働く大学の同期と話していると、本当に刺激を受けますね。

 憧れの職場で過ごす日々は、本当に充実しています。患者さんとコミュニケーションを取ることも楽しいですね。より良い信頼関係を築くため、医療側の意見や考えばかりを通すのではなく、必ず患者さんの想いを尊重するようにしています。

 以前退院した患者さんが元気な姿を見せてくれると、本当にうれしいです。まだまだ知識や経験が足りていないことは十分に自覚しているので、勤務終了後に、より良いリハビリテーションについて自分なりに考えることも欠かせません。そして先輩方にはいつもサポートしていただき、職場の勉強会も大変参考になっています。これからも患者さんとの関係を大切にし、信頼されるような理学療法士を目指します。

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Graduate05

 平成18年度に金城大学を卒業後、実業団卓球チームに所属し、仕事と卓球の両方に励む毎日を送っています。私が勤める株式会社エクセディは、自動車の駆動系装置を、開発から生産、販売まで一貫して行う総合メーカーです。大阪府寝屋川市に本社を持ち、世界18ヵ国34社のグループで展開しています。私は三重県の上野事業所U人事総務室に所属し、従業員の入社手続きや扶養の手続きを主に担当しています。

 金城大学で過ごした4年間を振り返ると、部活では卓球の技術はもちろん、礼儀や人間性の向上について多くのことを学ぶことができました。チームメイトと共有した時間や、一つの目標に向かってみんなで取り組んだこと、充実した練習の思い出は、今でも大切な宝物です。また、福祉の授業では、相手側のニーズを察知し、応えることの重要さを学ぶことができました。その教訓を活かし、お客様や社員への対応一つにしても、感謝や相手を敬う気持ちを持って接するように心掛けています。現場で働く従業員が、仕事に集中できるようにサポートするのが私の務めだと思っています。

 また、卓球部に所属して5年目を迎えた現在、最年長部員としてチームを引っ張る立場にあります。エクセディ卓球部は日本卓球リーグの2部に加盟し、実業団のトップクラスが参加する1部リーグへの昇格を目指して日々の練習に取り組んでいます。仕事と卓球の両立は大変だと思う時もありますが、会社の支援や、職場の方々の『頑張ってきてね』の一言に励まされ、楽しく続けることができています。今後も、同じように実業団でプレーする後輩達の良い見本、道しるべとなるため、仕事と卓球を精一杯頑張り、会社に貢献したいと思います。

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 現在も続く、私の長いバレーボール人生は小学校3年生からスタートしました。副キャプテンとして厳しい練習に耐えていた中学時代、「もっと上手くなりたい」と思い、全国大会に多く出場していた名門の近江高校に進学しました。生まれ育った姫路を離れ、寮生活が始まりましたが、仲間や顧問の先生にも恵まれ、私のバレーボールはただ楽しかったバレーボールから本気で勝つバレーボールへと変わっていきました。もちろん肉体的にも精神的にも本当に辛いことが多かったものの、「やると決めた以上最後までやり切る」と強く思っていたため、辞めたいと思ったことは一度もありませんでした。今では、この性格だったからこそ最後までやり切ることができたと感じています。そして、同級生や後輩にもたくさん助けられ、私はキャプテンという大役もやり切ることができました。

 その後、昔からずっと保育士になりたいという夢もあったので、金城大学短期大学部幼児教育学科へと進学しました。バレーボール部に所属して2年間の短大生活を送る中で、まだまだ競技を続けたい気持ちが強くなり、金城大学社会福祉学部への編入学を選択し、更に2年間の大学生活を送りました。大学のバレーボール部でもキャプテンを務め、メニューなどは自分たちで決めて練習を進めました。心で繋ぐバレーボールを目指し、これまで以上にチームメイト一人一人に目を向ける中で、仲間の大切さや絆をあらためて学び、苦しいことを一緒に乗り越えた一生の仲間と出会うことができました。

 大学を卒業後、今は富山県の実業団チームKUROBEアクアフェアリーズ(黒部市)でバレーボールを仕事として続けています。プロの世界では結果を出すことが全てで、結果を出さなければ認めてもらえない世界です。もちろん今まで感じたことのないプレッシャーに押しつぶされそうにもなる時もあります。そんな私を助けてくれるのはやはり大学時代の仲間たちです。心の底から頼れるかけがえのない仲間たちに出会えた大学でのバレーボール生活は、私の財産となっています。また、これまでにバレーボールを通じて出会った方にも本当に感謝をしています。これからも家族や仲間の支えを大切にして、成長していきたいと思います。

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Graduate03

 私が勤めている石川県社会福祉協議会は、市町村社協の支援事業やボランティア活動の推進、社会福祉事業者の研修事業等を行っています。私は総務管理課に所属しており、主に福祉施設に融資を行う社会福祉事業振興資金の業務を行っています。また、施設職員に対しての退職金制度や福利厚生についての業務も行っており、施設職員に喜んでもらえるような企画を作るように心がけています。

 私が担当している業務では、直接福祉サービスを利用している方や地域の方と関わることはありませんが、在学中に実習やボランティアで高齢者や障害者と関わった経験があるので、自分の仕事の先にあるそういった人々の生活を意識しながら仕事ができていると思います。

 また、金城大学の先輩である南 亮さん(6期生)が同期として一緒に働いています。南さんは雇用情勢の悪化等により申請が急増している生活福祉資金を担当しています。忙しい中でも一生懸命仕事に取り組んでいる南さんを見ていると、負けられないという気持ちがあり良い刺激となっています。

 まだ勤め始めて日が浅いため、石川県社協全体のことを視野に入れて仕事することはできないですが、まずは今所属している総務管理課の業務をしっかりと遂行できるように、今後も努力していきたいと思います。

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Graduate02

 金城大学で過ごした4年間では、社会福祉現場実習や教育実習など、実際の福祉・教育現場で学ぶ機会もあり、とても貴重な体験ができたと思います。自分自身で体験したことは、頭にも心にも強い印象を与えてくれます。現場で経験したことや感じたことは、福祉の教員となった現在、大いに役立っています。今でもよく思い出すのは、教員採用試験を目指し、友人と一緒に頑張ったことです。

 卒業後、富山県立となみ野高等学校に着任し、今年度は3年生の担任をしています。教科指導、校務分掌に加えて、就職・進学の進路指導など、今はたいへん忙しい時期です。しかし「毎日生徒と関わるけれど、一日として同じことがない」というのは、面白いものでもあります。たいへんなことや落ち込むことがあっても、生徒に救われることもたくさんあります。〝人〟を相手とする仕事だからこそ、そういった『あたたかさ』を感じられるのだと思います。

 「福祉のもつあたたかさを伝えたい」「すべての人が幸せに暮らすために、私たちに何ができるのかを高校生と一緒に考えていきたい」という当初の思いは、7年目を迎えた現在でも変わりません。私自身が興味をもった『福祉』に、私と同じように興味をもってくれる生徒がいる、それはとても嬉しいことです。これからも、生徒たちとともにいろいろなことを考えて、感じて、教員としても人間としても成長し続けていきたいと思っています。

Graduate01Graduate01

Graduate01

 私は現在、特別養護老人ホーム「あじさいの郷」という施設で、生活相談員として働いています。学生の頃から、将来、就きたいと思っていた職種です。就職直後の1~2カ月は介護士の仕事をしていましたが、卒業後の3月末に社会福祉士国家試験合格の知らせを受けて、すぐに生活相談員への転向を勧めていただきました。大学時代から資格取得を目指して勉強していたので、一つの目標が達成されたと思います。

 ご存知の通り、生活相談員というのは入所者や利用者、家族の方の悩みや相談に応じる「窓口」です。医師や看護師、介護士との間に入って連絡や調整を行うのが主な仕事。今はショートステイの受付や滞在時の調整を担当しています。ショートステイをご利用いただくことで、毎日の介護からひととき解放されたご家族から「とても助かった」 と感謝されたり、ショートステイ後「歩けるようになった」「食べられるようになった」といった喜びの声をいただくと、こちらもすごくうれしくなります。こうしたことをきっかけに、施設を定期的にご利用いただけるようにもなるので、いわば「あじさいの郷」の顔として、常に最良のサービスを提供できるよう心がけています。

 「あじさいの郷」は、私の就職と同時に開設された、まだ新しい施設です。やるべきことはたくさんありますが、一つひとつ作り上げていく充実感が味わえます。利用者の方が安全に過ごし、生きることに楽しみを見出せるような施設を目指して、大学で培った福祉に対する思いを、しっかり反映させていきたいと考えています。